『地理探究』の授業づくり完全ガイド – 探究的な学びをどう実践するか
2018年の高等学校学習指導要領改訂により新設された「地理探究」。
この科目の誕生には、グローバル化が進む現代社会において、地理的な見方・考え方を通じて世界の諸課題を探究できる人材の育成が急務となっているという背景があります。
この記事では、なぜ今「地理探究」が必要とされているのか、この記事では、地理探究の本質と効果的な授業実践について詳しく解説します。
『地理探究』で目指すべき本質的な学び
地理探究の本質的理解
地理総合との違いと接続を明確に理解することは、地理探究の授業を設計する上で最も重要な出発点となります。私は全国の学校支援を通じて、この2つの科目の関係性を理解していないがために、探究が深まらないケースをよく目にしてきました。
地理探究と地理総合の違い
地理探究は地理Bをベースとした選択科目であり、地理総合で身につけた基礎的な知識や技能を活用し、より複雑な地理的課題に取り組みます。
地理総合が「地理を通じた社会の見方・考え方の基礎」を学ぶ科目であるのに対し、地理探究は「地理的な視点から現代世界の課題を探究する」ことに重点を置いています。
具体的には、地理総合で身につけた基礎的な知識や技能を活用し、より複雑な地理的課題に取り組んでいきます。
例えば、地理総合では「防災」というテーマを扱う際、ハザードマップの読み方や基本的な防災知識の習得が中心となります。
一方、地理探究では、その知識を活用して「なぜこの地域でこの災害が起きやすいのか」「どうすれば効果的な防災対策ができるのか」といった、より探究的な学習を展開していきます。
探究的な学びへの転換のポイント
探究的な学びへの転換において重要なのは、教員の役割の変化です。
地理探究では、教員の役割が知識伝達者からファシリテーターへと変化します。具体的には以下のような姿勢が求められます。
弊社が支援している学校でよく見られる課題は、教員が知識伝達者としての役割から抜け出せないことです。
地理探究では、教員はファシリテーターとして生徒の探究活動を支援する立場に転換する必要があるのです。
具体的には、以下のような姿勢が求められます。
- 正解を教えるのではなく、生徒が自ら答えを見つけられるような問いかけをする
- 地理的事象の背景にある要因を多角的に考察できるよう支援する
- 生徒の気づきや疑問を大切にし、探究の深化を促す
評価の3観点と具体的な到達目標
評価の3観点と具体的な到達目標について、より詳しく見ていきましょう。
2018年の学習指導要領改訂により、評価の観点は「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」の3つに整理されました。
従来の4観点(「関心・意欲・態度」「思考・判断・表現」「技能」「知識・理解」)からの変更です。この変更により、より総合的な資質・能力の育成と評価を目指しています。
「知識・技能」の評価
「知識・技能」の観点では、地理的な事象の意味や意義、特色や相互の関連について理解しているか、地理的な課題を解決する技能を身に付けているかを評価します。
例えば、地形図の読図スキルや、GISを活用したデータ分析能力などが含まれます。授業を企画・実施するうえでも、これらの知識・技能を実践的な文脈で評価することを心がけましょう。
単なるテストの点数だけでなく、フィールドワークでの技能の活用なども評価の対象とします。
「思考力・判断力・表現力等」の評価
「思考力・判断力・表現力等」の観点では、地理的な事象の意味や意義、特色や相互の関連を、概念などを活用して多面的・多角的に考察し、課題解決に向けて構想する力や、考察・構想したことを効果的に説明・議論する力を評価します。
例えば、地域の課題について仮説を立て、検証し、解決策を提案するといった一連のプロセスを評価の対象とします。
「学びに向かう力・人間性等」の評価
「学びに向かう力・人間性等」の観点では、地理的な事象について、よりよい社会の実現を視野に課題を主体的に解決しようとする態度を評価します。
これは単なる授業態度の評価ではなく、社会課題に対する当事者意識や、継続的に探究する姿勢を評価するものです。
弊社の実践経験から、これらの3観点を効果的に評価するためには、ポートフォリオ評価やルーブリックの活用が有効です。特に以下の点に注目して評価を行います。
- ポートフォリオ評価:探究の過程での気づきや考えの変化を記録
- ルーブリック評価:具体的な到達目標と評価基準の明確化
- パフォーマンス評価:プレゼンテーションや成果物の質的評価
また、生徒の自己評価も重要な要素です。探究の過程を振り返り、自身の成長を認識することで、次の学びへの意欲につながります。
このような多面的な評価により、地理探究で目指す資質・能力の育成を効果的に支援することができます。
地理探究を成功に導く授業の設計とは
授業設計において最も重要なのは、生徒の探究活動を効果的に支援する枠組みをどう構築するかです。
特に以下の3つの観点に注目して授業を設計することを推奨しています。
系統地理的考察の進め方
系統地理的考察では、特定の地理的事象について、その分布や要因を体系的に探究していきます。例えば、ある埼玉県の高校では、世界の気候区分をテーマに以下のような探究活動を展開しています。
まず、世界の気候データを収集・分析し、気候区分の特徴を把握します。次に、その気候が人々の生活や産業にどのような影響を与えているのか、具体的な事例を通じて考察します。さらに、気候変動が地域に与える影響について、将来予測も含めた探究を行います。
このプロセスで重要なのは、単なるデータ分析に終わらせないことです。気候が人々の暮らしにどう影響しているのか、実際の写真や映像、現地の人々の声なども取り入れながら、多角的な考察を促します。
地誌的考察における探究の仕掛け方
地誌的考察では、特定の地域を多角的に理解することが目標となります。例えばある高校では、東南アジアを対象とした地誌的考察を次のように展開しています。
まず、生徒たちは東南アジアの自然環境、歴史、文化、産業などの基礎的な情報を収集します。次に、個別のテーマ(例:都市化、環境問題、観光開発など)を設定し、より詳細な調査を行います。最後に、それらの要素がどのように関連し合って地域の特徴を形作っているのか、総合的な考察を行います。
この過程では、オンラインでの現地との交流も積極的に取り入れています。実際に現地の高校生や住民とビデオ通話で対話することで、教科書では得られない生きた知識を獲得できます。
これからの日本の国土像を考える授業実践
日本の国土像を考える際には、未来志向の視点が特に重要です。福島県のある高校では、地域の将来像をテーマに次のような探究を行っています。
初めに、地域の現状分析として人口動態、産業構造、環境問題などの調査を行います。次に、将来予測として人口推計や気候変動予測などのデータを分析。そして、それらを踏まえて、持続可能な地域づくりに向けた提案を行います。
特に効果的だったのは、地域の行政や企業の方々を招いてディスカッションする機会を設けたことです。実務者との対話を通じて、より現実的な提案へとブラッシュアップすることができました。
これらの授業実践に共通するのは、データや理論と実践的な活動を組み合わせていることです。
現場で実践できる地理探究の進め方
これまでの理論的な理解を実践に移すため、具体的な進め方を解説します。私の経験から、以下の3つの手法が特に効果的だと考えています。
PBLを活用した単元設計
PBL(Project Based Learning)は、地理探究の本質に最も適した学習形態の一つです。例えば、私が支援している大阪府の高校では、「地域における外国人観光客の受け入れ」をテーマに、次のような単元を展開しています。
まず、地域の観光データを分析し、現状把握を行います。次に、実際に外国人観光客や地域の商店街へのインタビュー調査を実施。課題を特定した後、解決策を考案し、地域の観光協会と協働でモデルプランを作成します。
このプロセスで重要なのは、常に「本物の課題」に取り組むことです。机上の空論ではなく、実際の地域課題に向き合うことで、生徒の当事者意識と学習意欲が格段に高まります。
フィールドワークの効果的な実施方法
フィールドワークは、地理的事象を実感を伴って理解するための重要な手法です。しかし、単なる見学や観察に終わらせないことが重要です。
宮城県のある高校では、「津波防災」をテーマにしたフィールドワークを次のように実施しています:
- 事前学習:地形図や過去の災害データの分析
- 現地調査:避難経路の確認、地域住民へのインタビュー
- データ整理:調査結果のマッピングとデータベース化
- 考察:防災上の課題抽出と改善案の検討
- 提案:地域防災計画への提言
特に効果的だったのは、調査前に「問い」を明確化し、それに基づいて観察やインタビューの計画を立てたことです。
ICT活用による探究の深め方
GISやタブレット端末などのICTは、地理探究を深める強力なツールとなります。福岡県のある高校では、「地域の土地利用変化」を次のようにICTを活用して探究しています。
Google Earthの過去の衛星写真を活用して土地利用の変遷を分析し、その結果をGISソフトでマッピング。さらに、タブレットで現地調査の記録を行い、データを共有・分析します。
重要なのは、ICTを単なる表面的なツールとしてではなく、探究を深めるための手段として活用することです。例えば、GISによる空間分析は、地理的事象の関連性を視覚的に理解する助けとなります。
これらの実践方法は、互いに補完し合う関係にあります。次章では、これらの手法を活用した具体的な実践事例を見ていきましょう。
社会実装を意識した地理探究事例
理論と実践を結びつけ、実社会に価値を生み出す地理探究の事例を紹介します。これらの事例は、弊社が実際に関わった学校での取り組みであり、他校でも応用可能なモデルとなるものです。
地域課題解決型プロジェクト
ある高校では、地域の人口減少問題に着目し、GISを活用した分析から具体的な施策提案まで行いました。生徒たちはまず、地区ごとの人口動態を分析し、特に若年層の流出が著しい地域を特定。その後、地域住民へのインタビューや空き家調査を実施し、課題の本質に迫りました。
最終的には、空き家を活用したシェアオフィス構想を立案し、実際に地域の不動産業者や行政と連携してモデルルームの開設まで実現。この取り組みは地域活性化の新しいモデルとして注目を集めています。
産学連携による探究活動
大阪府の高校では、地域の中小企業と連携し、工業地域の再生をテーマに探究活動を展開しました。
生徒たちは地元の製造業が持つ技術力と海外市場の需要を調査・分析し、新たなビジネスモデルを提案。特に、地域の伝統的な金属加工技術とデジタル技術を組み合わせた製品開発は、実際の商品化にまで発展しました。
このプロジェクトの特徴は、大学の研究室とも連携し、専門的な知見を取り入れながら実践を進めたことです。生徒たちは研究者からの指導を受けることで、より科学的なアプローチを学ぶことができました。
グローバルな視点を養う実践例
北海道の高校では、地域の農産物輸出をテーマに、国際的な視野での探究活動を行いました。
生徒たちはまず、地域の農業生産の特徴を分析し、海外市場でのニーズを調査。特に、アジアの富裕層をターゲットとした高付加価値農産物の可能性に着目したのです。
オンラインを活用して海外のバイヤーや消費者との対話を重ね、実際の輸出トライアルまで実施。この過程で生徒たちは、グローバルな商取引の実態や異文化コミュニケーションの重要性を学びました。
地理探究における協働的な学びのデザイン
地理探究では、生徒同士の対話や地域との協働を通じて学びを深めることが重要です。協働的な学びは生徒の視野を広げ、より深い探究を可能にすることがわかっているので、その方法をご紹介します。
グループ学習の効果的な進め方
グループ学習では、単なる分担作業に終わらせないことが重要です。例えば、「観光における地域の課題」をテーマに、次のような展開で協働的な探究を行っている学校があります。
まず、個人で地域の観光スポットを調査・分析し、それぞれの気づきをグループで共有。異なる視点からの気づきを統合することで、より包括的な課題把握が可能になります。次に、グループでの議論を通じて解決策を検討。この過程で、メンバー それぞれの強みを活かした役割分担が自然と生まれていきます。
特に効果的だったのは、定期的な「クロスグループ討論」の実施です。異なるグループ間で中間発表を行い、相互にフィードバックを行うことで、新たな視点や気づきが生まれ、探究が深まっていきました。
学校間・地域間連携の方法
オンラインツールの発達により、学校や地域を越えた連携が容易になっています。私たちは、全国50校以上でオンラインを活用した協働学習を展開しています。
例えば、北海道と沖縄の高校が「観光と持続可能性」をテーマに共同研究を実施した例もあります。気候や文化が大きく異なる両地域の比較研究を通じて、観光における普遍的な課題と地域固有の課題を明確化することができました。
地域間連携で重要なのは、以下の3点です。
- 明確なゴール設定
- 定期的なオンライン会議
- 成果の共有方法の事前合意
探究成果の共有・発信方法
探究の成果を効果的に共有・発信することで、学びはさらに深まります。宮崎県のある高校では、地域の防災をテーマにした探究活動の成果を次のように発信しています。
- 校内発表会での共有
- 地域住民向けの報告会開催
- オンラインでの成果発信
- 地域の防災会議での提言
特に効果的だったのは、発信の対象に応じて内容や方法を変えたことです。例えば、地域住民向けには実践的な防災マップを、行政向けには政策提言をというように、相手に応じた発信方法を工夫しました。
このような協働的な学びを通じて、生徒たちは地理的な知識や技能だけでなく、コミュニケーション力やプレゼンテーション力も身につけていきます。次世代の地理教育において、こうした協働的な学びの重要性はさらに高まっていくでしょう。
次世代の地理探究に向けて
最後に、今後の地理探究の展望と課題について考察します。
大学入試改革への対応
総合型選抜や学校推薦型選抜において、地理探究での活動実績が重視される傾向が強まっています。特に、SDGsや地域課題解決に関する探究活動は、多くの大学で高く評価されています。
私たちは、こうした動向を踏まえながらも、入試のためだけではない真の探究活動を設計していく必要があります。そのためには、生徒の興味関心を起点とし、かつ社会的意義のある探究テーマの設定が重要です。
評価方法の発展的な考え方
従来の点数評価だけでなく、探究プロセスや社会実装の成果を多面的に評価する新しい方法が求められています。例えば、ポートフォリオ評価やパフォーマンス評価の導入、外部評価の活用などが考えられます。
特に重要なのは、生徒自身による自己評価と振り返りです。探究活動を通じて、何を学び、どのように成長したのか、自己分析できる力を育てることが大切です。
教員に求められる指導力の変化
教員は知識の伝達者から、探究活動のファシリテーターへと役割を変化させる必要があります。そのためには、以下のような力が求められます。
- 地域社会とのネットワーク構築力
- ICTを活用した探究支援能力
- 生徒の主体性を引き出すコーチング力
これらの力を育成するため、教員研修の充実や、学校間での実践事例の共有が不可欠です。私たちは、教員同士が学び合い、成長し合える環境づくりにも力を入れていく必要があります。
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